HS09, 尼崎 – Amagasaki –

  • 梅田から約7分 / 神戸三宮から約23分
阪神電車唱歌より9206
  #4  杭瀬、大物、尼崎                    #5  秀吉敵に 追はれ来て
           琴の浦なる 城あとも                     隠れし話を 伝えたる
      今は 名のみの礎に                       寺は 広徳、栖賢寺
           かはりて立てる 小学校                   法華の寺は 本興寺
  • あまがさきジマン

琴の浦 : 菅原道真が神社に立ち並ぶ老松や砂浜の美しさに目を奪われ上陸しました。このとき、「ここは殊のほかのよき浦なり」「松は琴柱の並びたるが如し」と賛美したお言葉にちなみ当地を「琴の浦」と名付けました。阪神からの車窓でもひときわ目立った朱い大鳥居、その尼崎戎神社が発祥源であるとされています。
尼崎城址:1617年戸田氏鉄が尼崎城を築城しました。沖から見ると城全体が海に浮かんでいるかのように見え、水面に映る美しい姿から琴浦城とも呼ばれました。
廃城令により取り壊されましたが、立地の良かった当城はその後産業都市への革命の犠牲となります。建物・城地は払い下げられ、天守台などの石垣は尼崎港の防波堤の修築に使用されました。本丸跡には小学校が建てられ、その後小学校拡張のため北側内濠を埋め立て、次は開発のためその他の内濠を埋め立て。国道43号線開通により当該箇所の石垣除去、東の外濠・大物川の埋め立てと続きました(涙)
そんな尼崎城にもやっと朗報が。近年天守復元の計画があるようです。実現すれば車窓からも間近に天守が眺められそうで是非とも実現して欲しいものです。
寺町 :尼崎城築城の際、城下町形成の一環として城地の寺院のみならず近隣の寺院をまとめて移転させ作った町で、今は11か寺院が残ります。
阪神電車唱歌にある秀吉をかくまった寺院は広徳寺、栖賢寺は昭和7年に京都へ移転再建されました。
旧開明尋常小学校 : 国登録有形文化財にも登録される戦前の小学校校舎です。戦前の凝った意匠と端正な設計が魅力である一方、塀には太平洋戦争末期の機銃掃射による弾痕が残されています。現在校舎は市役所分庁舎・校庭は公園として使われています。

  • にわかっく阪神

赤レンガ倉庫 : 開業時は火力発電所として設けられましたが、現在は鉄道資材の倉庫として使われています。イギリス積み。
特殊分岐器 : ドイツ方式のダブルスリップスイッチに複分岐、阪神なんば線開業に合わせて改良された尼崎駅ですがいくつかの特殊分岐器は今尚健在です。
・ 地上線の面影 : 1964年頃の高架駅化とあって地上時代の痕跡は見つけ難いですが、駅東側の庄下川の堤防に旧設備の面影が残ります。
構内軌道 : 駅前の大通りから浜手へ1kmちょっと、新日鉄住金の敷地内には軌間幅762mmの構内軌道が敷かれています。今尚使用されていることはもちろん、敷地が県道を跨ぐため道路も横断します。また、工場の手前に架かる東高洲橋は跳開式可動橋でこちらも今も操作が行われています。

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